冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 そんな!

 それでは、メイの気が済むハズもなかった。

「でも…」

 働けば。

 それは、物凄い年月がかかるかもしれない。
 一生かかってもダメかもしれない。

 けれども、でも一部は返せるかもしれないのだ。
 そうしたら、そのお金でまた誰かを助けられるのだ。

 しかし、メイは思考も言葉も続けられなかった。

 フォークが、カンカンと耳障りで苛立った音を立てたからである。

「メシだメシ! ハラ減った!」

 カイトが、まるでいい加減にしろ、とでも言わんばかりにに口を開けたのだ。

 あ!

 メイは、ばっと立ち上がる。

 彼はネクタイ姿なのだ。いや、ぶらさげているだけだが。

 とにかく、仕事を終わって帰ってきて空腹のハズなのに、自分のワガママに付き合わせてしまったのである。

 慌てて保温プレートの上のナベのフタを開けると、おいしそうなビーフシチューが湯気を上げていた。

「すぐよそいます…」

 皿を取って、メイは彼の分をつごうとした。

 ガタッ。

 カイトの立ち上がる音がする。

 皿を持ったまま、メイはついつい彼を目で追ってしまった。

 すると、カイトは手を伸ばしてもう一枚の皿を取ったのである。

 さっさと自分でよそい始めた。

「あ、あの…私が!」

 ここまで付き合わさせておいて、あんな恥ずかしいところばかり見せておいて、この上、こんなささいなことまでも自分でされてしまったら――メイに立つ瀬はない。

「おめーを、家政婦にする気で連れて来たんじゃねぇ」

 金のことは忘れろと言ったろ。

 褐色のシチューが。

 いきなり白いシャツに跳ねた。

 気にせずに、また次をよそうカイト。
 本当は、こんなこと慣れていないのだろう。

 けれども、彼女に負い目を感じさせないために。

「あっ! やっぱり私がよそいます!」

 でないと、この空間にいてはいけないような気がしてしょうがなかった。

「いいって言ってっだろ…って、ほら、終わったぜ」

 カイトは、親指についたシチューを舐めながら椅子に戻ったのだった。

 シャツには、五つほどシミが残っている。

 まるで、カシオペアのように。
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