冬うらら~猫と起爆スイッチ~
□29
 ほっ。

 カイトは、安堵した。

 メイがシチューの皿を空っぽにしたのだ。

 その間中、カイトは親の敵のように睨んでいた。

 目を離した隙に、彼女がテーブルの下のポリ袋の中に捨ててしまうという、妄想がつきまとってしまったのだ。

 勿論、そんなことをするハズもなく、彼の考えすぎ以外の何者でもないのだが。

「…ごちそうさまでした」

 キッチンタオルを一枚箱から取り出しながら、メイはため息のようにその言葉を口にした。

 口を軽く拭いた後、いくつか内側に折り畳んで、ご丁寧にテーブルまで拭くのだ。

 しかし、その行動よりも言葉の方が、彼に妙な違和感を与えてくれる。

 ごちそうさまなんて言葉を聞いたのは、何年ぶりだろうか。

 大げさな話でなく、年単位の騒ぎだった。

 何しろ。

 仕事が忙しいカイトたちである。

 会食や接待のジジィたちは「ごちそうさま」を言う上品な連中はいないし、そんなことに口を使うよりもたくさん話すことがあった。

 それ以外は、店屋物やレストラン、ファーストフード、挙げ句はこの家に住みながらカップラーメンを食べたりもした。

 ほとんどが1人だ。

 わざわざシュウを呼び出してまで、一緒に食べる理由などなかった。

 ヤローの顔見ながらの食事なんて、仕事の時だけで十分である。

 完全なワーカホリック状態だった。

 こんなに早く仕事から帰ってきたのは、何ヶ月ぶりだろう。

 ああいう対外的な仕事がなくても、彼は開発室にこもる人間なのである。

 先にシュウが帰ることだってあったし、そのまま会社の仮眠室で夜明かしすることだってあった。

 まっとうな時間の夕食。

 向かいに女がいて、まるで普通の食卓のように――不慣れなその感触に、戸惑ってしまうのだ。

 カイトは、すっかり自分の食事は終わっていて。

 今更、「ごちそうさま」なんて言えるハズもなく、居心地悪く無言で立ち上がった。
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