冬うらら~猫と起爆スイッチ~

「家でもずっとすぐ片付けていたから…どうしても気になるんです。疲れてても、お皿洗わないで寝ちゃうと、必ず夜に目が覚めて…それで結局洗いに起きてきちゃうんです…だから」

 懇願の目が強くなる。

 ぱちくり。

 カイトは、まばたきが止まらなかった。

 信じられない世界だったのだ。

 皿が汚れているだけで気になって眠れないなんて、初めて聞いた話だった。

 確かに、シュウも会社を始めた最初の頃、経理の仕事もやっていて、帳簿が一円でも合わないと眠れなくて起き出してくる、とか聞いて爆笑した記憶があった。

 くだんねー、と。

 そのお皿バージョンがいたのである。

 くだん…。

 しかし、シュウの時のように笑い飛ばせなかった。

 しつけの行き届いた家庭で育ってきたことを、見せつけられた気がしたのだ。

 彼女にとってはいままでという年月は、カイトのようにハチャメチャな人生ではなかったのである。

 それが狂ったのが、ごく最近。

 あんな店で働くハメになると決まった時、メイにしてみれば地獄に落とされたような気持ちだっただろう。

 本当に。

 カイトは、痛烈に実感した。

 本当に、アタッシュケースを開けてよかった、と。

 彼女を救う力が、自分にあって本当によかった。
 でなければ、彼女はいつまでもあの職業だ。

 想像するだけで耐えられない。

 余計な思いがいろいろくっついた、フジツボ岩のような目でメイを見る。

 彼女の茶色の目とまっすぐにぶつかった。

「お皿…あの…すぐ終わりますから」

 お願いします。

 どうして皿一枚のことで、そこまで必死になれるのか。

 カイトは大きくため息をついた。

「五分しか、待たねー」

 カイトは、どすんと席に座る。

 最大の譲歩だった。

 彼が考えているのとは違う理由で、メイがしたいというのなら、どうして止めることができようか。

 たとえ、それが自分の望まないことでも。
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