冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 あ。

 カイトは目を疑った。

 彼女が、ホッとしたように笑ったのだ。目の前で。

「よかった……」

 笑った。

 カイトは、頭が真っ白になったまま、その顔を見つめてしまった。

 ケバい化粧は、限りなく似合わない。

 それなのに、またその仮面の下から、素の表情が現れたのだ。

 見える度に、身体の中の何かが破れる音ばかりするのに。

 ハッ。

 見とれていた自分に我に返る。

 何やってんだ、オレは。

 自分を叱咤して、今度は笑顔なんかに惑わされずに彼女を見た。

 アタッシュケースを重そうにフラフラしているので、カイトはそれを奪い取る。

 上着も。

 そうして、いつまでも通路に突っ立っているワケにもいかず、彼女の背中を押すように、元いたボックスに戻ったのである。

「なんで、出てきたんだ……」

 オレの荷物なんか持って。

 戻るなり、詰問である。

 動くな、という時に動く女は、必ず悪役にさらわれる運命なのだ――彼らゲーム業界のオキテである。

 勿論、ハリウッドのオキテでもあった。

 そうして、主人公が山ほど危ない目にあっても、女は何故か無傷で「待ってたわ!」と、涙をこぼして抱きつくのだ。

 めでたしめでたし。

 しかし、次の場面か続編では性懲りもなく、またさらわれるのである。

「あ……だって……もう、戻っていらっしゃらないと……思って」

 しゅーんと、小さくうつむきながら、彼女はそう言うのだ。

「んなワケねーだろ……荷物置いてったじゃねーか」

 人差し指で突きつけるように言うと、さらに彼女は小さくなる。

「でも…他の人とボックスに入られたから……」

 だから、てっきり。

 そこまでで、彼女は口をつぐんでしまった。
< 14 / 911 >

この作品をシェア

pagetop