冬うらら~猫と起爆スイッチ~
●32
 パソコンの前に座っていたカイトは、いきなり立ち上がって彼女の方へと突進してくる。

 さっき彼の背広を拾った時と同じように。

 テキトーに座れって…。

 心の中で、彼の言葉への言い訳をするのだが、それが通用する様子もなかった。

 物凄い速さで前まで来ると、がしっと腕を掴まれて立たされる。

 そのまま、ぐいぐいと引きずられて。

 転ばないように急ぎ足でついていく。
 あっと思ったら、身体が放り出されていた。

 バフンッ!

 しかし、痛くない。

 彼女の身体は、ソファがしっかりと受け止めてくれたのだ。

「座るっつったら、フツーそこだろ!」

 イラついた口で早口でまくしたてる。

 テキトーって。

 メイは、まばたきをした。
 そのまばたきすら、カイトに比べればきっと遅いのだ。

 あっという間に背中が向けられて、彼は机に戻った。

 彼の言うテキトーって。

 ちゃんと、心の中では決められた場所があって、そこのことを指すのね。

 メイは、いままでのいろんな彼の言動を並べてみて、その事実に気がついた。

 詳しくしゃべらないけれども、カイトにとって、いつも答えは一つのようだ。

 メイは、それを間違うから怒鳴られるのである。

 国語的な意味なら、彼女は何も間違っていないハズだった。

 しかし、相手は数学の教師だったのである。

 χって何でもいいや、と思っていたら、そのχに入る数字は、教師にとってはたった一つで、間違った生徒にはビシビシと叱咤が飛んでくるのだ。

 仕事場で、彼に部下がいるなら大変なことだろう。

『テキトーにやっとけ』

 とか言うのだ、きっと。

 想像して、メイはちょっと青くなった。

 それこそ、本当にテキトーにやろうものなら、いまと同じ憂き目にあうのだろう。
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