冬うらら~猫と起爆スイッチ~
□33
 いきなり、ナニ言いやがんだ!

 カイトは、心臓鷲掴みである。

 メイが、彼にフロに入れと言い出したのだ。

 何を言われるかと思っていたカイトには、アッパーカットにも等しい一撃だった。

 そうして、気づいたのだ。

 彼女が、風呂に入りたいだろうとこに。

 家主より先には入れないと思っているのだろう。
 だから、メイに入って来いと言った。

 カイトの方は、風呂どころの話ではなかったのだ。

 何しろ。

 メイがいるということを忘れようと仕事を始めたにも関わらず、意識の全部は彼女の方に向かっているのだ。

 がむしゃらにマウスを動かして、画面を切り替えていくものの、いま何をしているのかというと――実際、自分でも分かっていなかった。

 まったくの役立たず状態である。

 ようやくメイを風呂に追いやって、この空間を彼は独占することが出来た。

 しかし、それで落ちつくかというと、まったくもって前と変わらなかった。

 それどこから、ますます悪い状態だ。

 メイは、風呂に入っているのである。

 いや、昨日もそうだったのだが、今日はまた意味が違うのだ。

 昨日は、ケバい化粧だの酒だのタバコだのの匂いをひきはがすのが第一目的だった。

 今日は。

 1日の間で、たくさん積み上げられてしまった、新しい彼女が風呂に入りに行ったのである。

 ガチャガチャ。

 キーボードを叩く手が乱暴になってしまう。

 何とか忘れようと、再び努力を始めようとした時。

 カチャ。

 おそるおそる、脱衣所のドアが開く音が聞こえた。

 ピクリ、とカイトの心の耳が立ってしまう。

 いま脱衣所に入ったばかりだ。風呂上がりとは、とてもじゃないが思えない。

「まだ、何かあんのかよ!」

 努力を台無しにされて、カイトはガッと振り返った。

「着替え、忘れちゃって…あの……ごめんなさいぃ」

 小さくなりながら、メイは部屋の隅に置いてある袋のところまで走った。

 あんなとこに。

 カイトは、ようやく彼女の着替えがそこにあることに気づいた。

 いままで、他のことに神経を向ける気がなかったからである。
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