冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 しかし、ダイニングに興味があるワケではない。

 そのまま奥の調理場に向かう。

 一瞬、暗闇が口をぱっくり開けているようで怖かったけれども、そこに近付いて手だけを闇の中に入れる。

 多分、この辺。

 知らない家の、電気のスイッチを探すのは大変だ。
 カイトがもたれていた辺りの壁を探って、ようやく電気をつけることに成功した。

 よかった。

 とか、安心している時間はない。

 流しに近付いて、シャツを洗おうと思ったが、元に戻した時に全部シャツが濡れていたら、きっと彼は怪しむだろう。

 思い出したのはキッチンタオル。
 ダイニングに戻って取ってくる。

 2枚引っぱり出し、一枚はたたんでシミのあるシャツの下に当てる。
 もう一枚は濡らして、石鹸をつけると――メイは、シミの部分を叩いた。

 高校時代、うっかり制服を汚してしまった時、学校でこうやってシミの応急処置をしたのだ。

 タンタンと、下に当てている方にシミが移るように叩く。

 タオルの位置を変えながら、メイはようやく、気になっていたことを片付けることが出来たのである。

 後は…漂白したら落ちそう。

 メイは、目の前でシャツを広げて眺めた。薄く残っているような気はするが、ほとんど目立たない。

 濡れた部分も最小限で、わずかに色を変えた円で済んでいる。

 ほっとした。

 よかった。

 これで、また着られる。

 メイは、ぎゅっとそのシャツを抱きしめた。

 彼女がネクタイを締めたそのシャツを、またカイトに着てもらうことが出来るのだ。それが、すごく嬉しかった。

 石鹸の匂いと――カイトの匂いが混じっている。

 タバコの匂い。

 あっ!

 その匂いを肺に入れた瞬間、メイは慌ててシャツから身体を引き剥がした。

 カイトに抱きしめられているような錯覚がしたのと、自分がそれを知っていることを思い出してビックリしたのだ。
< 157 / 911 >

この作品をシェア

pagetop