冬うらら~猫と起爆スイッチ~

「…明日はいつもの出勤で結構です」

 しかし、シュウは逆鱗に触れるような真似はしなかった。

 ただ、やはり仕事に関わることを言わないと気が済まないようで、それだけ残して足音が遠ざかる。

 いつもの出勤。

 それは、ネクタイがいらない、ということだ。

 ジーンズで行こうが、迷彩服で行こうが構わないというコトで。
 要するに、社内業務オンリーという、彼にとってはステキな一日のハズだった。

 開発室に行けるということだ。

 なのに、全然気が晴れることなどない。

 ドアを素足でけっ飛ばす。

 忌々しさを伝える時に、いつも彼はすぐ足が出てしまうのだ。
 しかし、今回の勝負は分が悪かった。相手は、固い木製のドアなのだ。

 カイトは痛みに顔を歪めながらも、ドアに背中を向けた。
 さっき、行きかけてやめた方向へ向かうのだ。

 そこには、ほとんど飾りとしてしか威力を発揮していない食器棚がある。
 目的は、その下の棚。

 もらいものの、ウィスキーやブランデーが並んでいるのだ。

 がっとガラスの戸を開けると、一本ひっつかむ。

 銘柄なんか気にしている余裕なんかない。
 てっとり早く飲むために、一度封を切ってあるものを掴んだだけだ。

 キャップを開け、カイトは。

 それを――ラッパ飲みした。

 味わうために飲んでいるのではないのだ。

 そうではなくて、いま自分の頭の中にあるカタマリを見たくなかった。

 もしも、それが割れて中から何か産まれたら―― そんなことにでもなろうものなら、一瞬にして彼女の信用を失ってしまうことは間違いなかったからだ。

 ダンッ!

 一息つくために、ボトルを引き剥がすと、テーブルの上に置いた。

 そこはまだ、夕食の名残を残していて。
 自分が、メイが座っていた席のすぐ側にいることに気づいてしまった。

 彼女の幻影を、そこに見る。

 あの程度の酒では、カタマリを溶かすことなど出来なかったのである。

 クソッ。

 顎を汚した酒を乱暴に手のひらで拭うと、カイトはもう一度ボトルを引っかけた。

 指先にまでアルコールが染み渡るくらいに、限度など考えずに飲んだ。
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