冬うらら~猫と起爆スイッチ~
●40
 バン!

 メイはベッドの上から、脱衣所のドアが開いて出てくるカイトを見ていた。

 刹那に走るデジャ・ヴ。

 これと同じシーンを彼女は知っていたのだ。

 思い出すまでもなかった。
 それは余りに近い過去―― 昨日の朝の出来事である。

 昨日もあんな風に、会社に行くためにカイトは着替えに入って、そして。

 メイは、ドキンとした。

 彼がまた顔をしかめて、ネクタイを首にひっかけていたからである。
 立てたシャツの襟に顎をぶつけながら。

 あ。

 ついでに様々なことを思い出してしまった。

 ワンショットワンショット、細切れのように思い出す。
 メイの脳の円滑なムービーは、いまは品切れだったのだ。

 出ていった彼。
 追いかけた自分。
 階段のところで。

 どうしよう。

 ベッドの上で、メイは戸惑った。

 頭の中は、冷静とか落ちついているとか、そういう言葉とは無縁だった。

 それどころか、昨日からの出来事のどこまでが真実なのか夢なのか、判断しかねていたのだ。

 一緒に食事をしたのも、腕を引っ張られたのも、シャツのシミを抜いたのも。

 同じベッドで眠ってしまったのも。

 一体、どこまでが真実なのか。
 うまく取捨選択が出来なくて、メイはベッドで戸惑ったままだった。

 シュカッ。

 そうしている内にカイトは、昨日よりは時間があるのか、ヘアムースでざっと髪をかきあげた。鏡も覗かずに。

 ヘアムースの缶は、そのままそこらに転がされて。

 準備が整ってしまったようだ。

 彼は上着を腕に挟むようにして、出ていこうとした。

 あっ!

 待って――言いたくて言えない言葉が、反射的に彼女を突き動かそうとする。

 けれども、やはり声にはならない。

 カイトは、またもネクタイをぶら下げたままだったのだ。

 また、出ていった彼を追いかけるのだろうか、自分は。

 衝動の流れを掴みかねたまま、メイは伸ばしそうになった指先を、ヒザの上に置いて見つめた。
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