冬うらら~猫と起爆スイッチ~

「カイト…そろそろ降りてきて下さい」

 時報を告げるように、ドアの向こうの辺りから声が投げられる。

 そんなに近くないところからのハズなのに、はっきりとその声は聞こえた。

 怒鳴るようなものではない。

 距離と音量を巧みに計算しているような、そんな精密な音だ。

 あっ!
 行ってしまう!

 その最後通告に突き動かされて、メイはベッドを飛び降りた。

 カイトはまだドアのところだった。

「わぁーってんだよ! おとなしく待ってや…!」

 こっちは、まったく計算されていない怒鳴り声。

 それをドアの外に向かってカイトが言っている――が、途中で止まった。

 メイが、彼のすぐ側まで駆けてきたので、きっと驚いたのだろう。

 怒らないで…。

 彼女が出来るささやかなことを、カイトにしてあげたかった。

 だから、こんなささいなことで怒らないで。

 祈るような気持ちで、彼に指先を伸ばした。

「すみません…」

 身体ごと振り返るカイトの胸の内側に、するっと指先を滑らせる。

 何の抵抗なくネクタイを掴めた。

「すぐ…すぐ、終わりますから」

 カイトの目を見ないようにする。

 こんな近くで覗くには、余りに熱い目なのだ。

 彼の顎の辺りを見つめたまま、メイは慌てた指でネクタイを締めた。

 いまにも間近から、怒鳴り声が飛んできそうだ。
 自分の身体が、すっかり構えてしまっている。

 チラリ、とカイトの唇が目に入るが、それは少し開いたままだった。

 怒鳴るために力を入れる気配がなく、ホッとする。

 まだ、侮れないけれども。

「カイト…」

 メイは、ビクリとした。

 ドアのすぐ側から、その呼び声が聞こえたのである。

 出てこない彼を迎えに来たのだ。
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