冬うらら~猫と起爆スイッチ~

「下で待ってろ…」

 その口が開く。

 イライラを押し殺すように、怒鳴るのをこらえるように唸る。

「……分かりました」

 室内の空気の温度でも計っているかのような声が、しばらくの沈黙の後に流れる。

 足音が遠ざかる。

 ほぉっとメイは、ため息をもらした。

 が、そんな悠長な時間はない。

 わざわざネクタイのために、カイトの仕事の邪魔をするワケにはいかなかったのだ。
 きゅっと最後に喉元に上げて、かすかな曲がりを調整する。

 でも、嬉しかった。

 ネクタイから指を離したくないくらい嬉しかった。 

 彼女がネクタイを締るのを、許してくれているような気がしてしょうがなかったからだ。

 ようやく、ネクタイから手を離した。

 そっぽを向いているカイトからでも、終わったことが分かっただろう。

 さあ、次は。
 グズグズしていられない。

 メイは、カイトを見上げた。

「えっと……何か探してらっしゃるんだったら、お手伝いしますけど」

 上着の中から見つからないものなら、もしかしたら部屋のどこかにあるかもしれない。

 それくらいだったら、役に立てそうな気がしたのだ。

 すると。

 カイトの顔が、ぱっと歪んだ。

 調子の乗っていた自分に、メイはびくっとしてしまう。

 ぱっと顔を伏せて、怒鳴りに構えた。

「……もういい」

 しかし、怒鳴りではなく、またも押し殺したような声。

「え?」

 顔を上げると、カイトは背中を向けてドアに向かっていた。

「別に何も探し…いや、もうあったからいい!」

 バンッ!

 声は、ドアを開ける大きな音でかき消されそうだった。

 メイがあっと思った時には、もうその背中は視界から消えていた。駆け出したのだ。

 開いたままのドアから首を出すと、カイトが階段を駆け下りるその背中が見えた。

 一瞬ちらっと、彼が喉元に指をかけているように見えて。

 もしかして、ネクタイの締め方がきつかったのかと、メイは心配になった。

 けれども、それはもう確かめられない。

 ガタン、バタン!

 いろんなものの音と、怒鳴り声をたてながら――彼は出かけてしまったのだ。
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