冬うらら~猫と起爆スイッチ~

「…昨夜、私は今日の予定について伝えましたよね?」

 なのに。

 CPUがエラーでも起こしたのだろうか。
 人の拒否を無視して、シュウはあっさりその禁止の柵を踏み越えたのだ。

「人の話を聞いてんのか、おめーは!!!」

 またけっ飛ばされてーか!

 がっと目を開けて、身を乗り出す。

 シュウは、動じる様子もなく運転を続ける。

 本当にけっ飛ばされるまで、ポーカーフェイスを崩さないつもりか。

「ちゃんと伝えたようですね、私は…」

 彼が何の返事も返さないけれども、反応から了解したのか運転手はそれを呟く。

 その後で、ふむ、と考え込むような素振り。

 考えてんじゃねぇ!

 拳と平手に、わきわきと指がいったりきたりする。
 そのこぎれいにまとまった頭を、ブチのめしたい衝動があったのだ。

 人がどんな格好しようが、カンケーねーだろ!

 と内心で怒鳴るものの、余りに説得力がなかった。

 この、窮屈でかしこまってて――要するに、大嫌いな格好で出てきてしまったのだから。

 彼だって、自分にあきれ果てているのだ。

 クローゼットの中の背広を見た時に、頭によぎった考えに。

 カイトは、忘れられなかったのだ。

 あの、ネクタイを、彼女に。

 しかも、更に彼はバカ野郎だった。

 部屋を出ていけずに、ドアのところでモタモタしてしまったのだ。
 このまま出て行ったら、わざわざ背広を着たのが無意味になってしまう。

 メイは――時間はかかったけれども、彼の気持ちを裏切らなかった。

 あの白い指が。

 ズクン。

 彼女から触れてくる唯一の時間。

 その時間が意識によみがえると、カイトは眉間にシワを寄せてしまった。

 この…バカらしい感じは何だ。

 眉間が更にぎゅっと寄りそうになった時、シュウが勝手に第二の質問を投げかけてきた。

「ところで、話は変わりますが…アタッシュケースはどうしたんです? 昨日から見ないようですが」

 それで、彼の気持ちは全て弾けて飛んだ。

 気持ちにひたっているヒマなど、このロボットは与えてくれなかったのだ。

「てめーは黙って運転しろ!」

 答えられるハズなどなかった。
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