冬うらら~猫と起爆スイッチ~

「おい」

 カイトは呼んだ。

 反応はない。

「おい、こら」

 まだ戻ってこない。

 ったく。

 カイトは、とりあえず側に転がしたままだった自分の上着を掴むと、彼女の肩に羽織らせた。

「あ……」

 その感触で、ようやく我に返ったようである。

 慌てた顎が、キョロキョロと落ち着かなく、周囲の空気を読もうとする。

 しかし、やはり何が起きたかは、全然分かっていないようだった。

「あの…ボス…」

 助けを求めるような声で、さっきまで彼女のボスだった方を見る。

 カイトにしてみれば、面白くなかった。

 そういう声を向けるなら、こっちにだろうが、と理不尽に思ったのだ。

 しかし、彼女にとっては、ボスの方が知っている相手であって。

 しかも、いままで自分の身を拘束している相手だったのだ。

 逆に言えば、ボスの許可がなければ、どこにも行けない身体だったということである。

 ボスは、タバコを持ったままの手で名刺を口から取ると、一つ眺めた。

 そうして、「へぇ」と言う風に眉を動かして。

「いま、借用書を持ってこさせるわ」

 手を叩いて人を呼ぶ。

「あの……ボス」

 誰か教えて、と言わんばかりの情けない声が出てくる。

「あー……もう、アタシをボスってよばなくたっていいのよ! まったく」

 強引な商談に、負けたような気分を味わわされたのだろう。

 バカらしくてやってられないわ、というポーズでボスは言い放つ。

 そうしているうちに借用書が届けられる。

 中身を確認した後。

「はい……」

 カイトに、それは差し出された。

「フ、ン……」

 ぴっと乱暴に受け取りながら、ポケットにねじこむ。

「車、呼べ」

 帰るぜ。

 カイトは、もうここには用はなかった。

 上着を着せかけた彼女を立たせると、行きよりもかなり身軽になったまま出ていこうとしたのだ。
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