冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 借金なんて過去がなければ、もしかしたら彼に言ったかもしれないのだ。

『ちょっとだけでもいいから、飲みたいな』

 うわー!!

 カイトは暴れそうになった。

 心の中で、メイがお願いする目で彼を見上げていたからだ。音声まで合成して。

 恐ろしく器用な右脳を、今日ばかりはミサイルで木っ端微塵に吹き飛ばしたかった。

「ほら、お前があんまり怖いこと言うから、お嬢さんも飲みたいなんて言い出せないでいるじゃないか…ここは、オレに免じて一緒にワインを楽しもうじゃないか…おっと、この間のカードで勝った権利を、ここで使わせてもらってもいいんだがな」

 笑顔だ。

 ソウマは、カイトのという名前の嵐の真ん真ん中を横切って、おまけに逆鱗の側に車を横付けするような真似をしてくれた。

 一歩間違えば、彼を際限なくキレさせるというのに。

 うーあーうぅぅ…。

 頭からバリバリとソウマをかじりながら、しかしカイトは、彼の襟首をひっつかんで無理矢理立たせた。

「おっと…」

 こりゃあ、ダメか?

 ソウマは彼の剣幕にそういう目をしてみせる。

 そのまま諦めてもらっても大いに結構だったが、カイトはそうして力技で空けた席に、どすんと座ったのだ。

 ココは、オレの席だ!

 彼の主張はそれだった。

「メシ食ったら…帰れ」

 腹の底からイヤそうなオーラと声を絞り出した。

 ソウマは、再び笑顔に変わった。

「ああ、やっとお許しが出たな…すまんが、ワインオープナーを取ってもらっていいかな?」

 態度の軟化を知ったのだろう。
 隣の席にワインを置きながら、向かいのメイに頼む。

 しかし、声に反応したのはカイトで、がたっと椅子から立ち上がった。
 ワインオープナーの場所など、彼女が知るハズもないのだ。

 それだけじゃなかった。

「勝手に使うんじゃねー」

 ギロリ。

 睨んで言った言葉は、ワインオープナーのことではない。

 メイのことだ。

「おっと…これは失礼したな。カイトが取ってくるから、お嬢さんは座っていていいそうだ」

 翻訳すんなー!!

 隠し込んでいる言葉が、全部丸裸にされていく感触に、カイトは強く拳を固めたのだった。
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