冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 シーン。

 タクシーの車内は、静まり返っていた。

 運転手も、後ろはただならぬ雰囲気だと思ったらしく、行き先を聞いて以来、声もかけてこない。

 カイトに、拒絶のオーラがあるからかもしれないが。

「あ……あの……」

 となりの毛皮が、もこもこと動く。

 カイトは、横目で彼女を見た。

 落ち着かないままの、不安そうなチョコレート色だった。

 どうしてこういうことになったのか、すごく説明して欲しそうだ。

 説明。

 カイトは、眉間の影を深めた。

 できっか。

 ぶっきらぼうにカイトは思った。

 まだ全然、自分の中でも整理がついていないのである。

「まず……名前からと行こうぜ」

 オレは、カイトだ。コウノ・カイト

 何を今更。

 恥ずかしいことに、まだ互いの名前すら明かしていなかったのである。

 あれだけの騒ぎを起こしていながら、まだ名前すら知らなかったのだ。

 しかし、あの場所では聞きたくなかった。

 あの海から抜け出して、ようやく向かい合えたのだ。

 車内が静かすぎて、店とのギャップがありすぎるのか、妙に落ち着かない。

「あ…私は…マ…リ…です」

 ひどく。

 不自然なほどひどく、たどたどしく名乗った。

 カイトはムッとした。

「それ……本名か?」

 無意識にとがめる口になる。

 すると、彼女はうつむいた。

「……いいえ。ボスが、今日から私の名前だと言われたので」

 毛皮の毛先に触れながら、どう説明したらいいか分からない唇で。

「もうあのカマ野郎はボスじゃねぇ! おめーが、ちゃんと親からもらった名前で言え」

 カイトは、イラついて怒鳴った。

 もう、あの店のことを思い出したくもなかったし、彼女に思い出させたくもなかったのだ。

「メ…メイです。キサラギ…メイ」

 ぽつっ。

 今度もたどたどしかったが、不自然じゃなかった。
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