冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 助けてくれてありがとうございます。
 置いてくれてありがとうございます。
 部屋をくれてありがとうございます。
 ありがとう、ありがとう、ありがとう!

 こんな忌々しい単語が、この世に存在するなんて、カイトは思ってもみなかったのだ。

 ひどすぎる現実に振り回されて、カイトは立ちつくした。

 しかも、ここでも自分の首を絞めているものに気づく。

 あのウソだ。

 誰かに助けてもらって、その恩返しとしてメイを助けたという――チャチな100円でもおつりのくるようなウソ。

 彼女の目に、感謝とか敬愛とかいう胸が悪くなるような好感情が渦巻いているのが見えるや、猫の力も借りずに、自分が地雷を踏んだのに気づいたのだ。

 カイトのどんな気持ちも行動もあのウソのせいで、全て彼の恩返しのため、というフィルターで見られてしまうのである。

「それじゃあ、私はこれで…」

 ペコリ。

 カイトの態度が不自然なのは分かっているだろう。

 しかし、彼の態度全体がいつも滅茶苦茶なせいか、彼女はそう怪訝に思う様子もなく、ペコっと頭を下げると出ていこうとした。

 離れていく背中。

 ワインを持ったまま、バカみたいに突っ立っているカイトは、引き止めることもできなかった。

 止めてどうするのか。
 何を言うというのか。

 どのツラ下げて、今更彼女に『好きだ』と言えるのか。

 メイは困るだろう。

 しかし、きっと最後には言うに違いない。

『…私もです』――多分、こんな感じで。

 けれども、それは本心じゃない。

 借金のせいだ。

 大きな恩を感じている相手に言われて、彼女が拒めるハズもない。

 しかし、そんな答えはまっぴらごめんだった。

 本当に、欲しいのは。

 メイが、ドアを開けて向こう側に行く。
 振り返って、閉める時に言った。

「おやすみなさい…カイト様」

 初めて名前を呼ばれて――けれども、うちのめされるというのは、きっと、こういうこと。
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