冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 そこにメイがいるという事実だけで、心が巻き取られていくような気がした。

 まるで綿菓子のように、棒にくるくると。

 ただ、見つめているしかできない。

 夢なら、触れても――

「起きて下さい…カイト」

 パチン!

 催眠術を解く時に叩かれる、手のような音がした。
 カイトはそれにビクッと来て、ばっと目を開ける。

「おはようございます、いいお天気ですよ」

 え?

 カイトは、がばっと半身を起こしながら今を把握しようとした。

 誰がそこにいて、自分に何が起きているのか分からなかったからである。

 しかし、見間違いようもなかった。

 そこにいたのは、メイで、彼に向かって微笑んでいたのである。

 弱い冬の朝日の中で。

 な、な、なななな…!!

 余りに驚いて、カイトはベッドの上をばっと後ろに飛び退いた。
 すぐに行き止まりである。

 声は、失われたままだった。

 メイが、自分の寝起きを襲ったのだ。
 いや、襲ったと言っても、すぐ横に立っているだけだが。

 ま、だ…夢ぇ見てんのか?

 カイトは、呆然と彼女を見る。

 夢なら抱きしめてもいいはずだ。
 しかし、彼はいまがどっちなのか分からなかった。

 どっちなのかが分かるまで、触るワケにもいかないのだ。

「支度が出来たら、下に降りて来てくださいね…朝ご飯、作ったんです…ありあわせのものですけど」

 にこっ。

 最後に一回微笑むと、メイはぺこっと頭を下げて部屋を出て行った。

 パタン、と。

 置き去りにされたカイトは、呆然としたままだった。

 とりあえず。

 頬をつねってみる。

 痛かった。

「夢じゃ…ねぇ」

 ようやく、声が出てくる。
 起き抜けの掠れた声で、二回せき込んで元に戻した。

 いま目の前で起きた現象は、間違いなく本物だ。夢でも幻でもない。

 その彼女が、いま何と言ったか。

「朝ご飯…だぁ?」

 眉を顰める。
 聞き慣れない単語だった。

 まだ、キツネに頬をつねられているような気がした。
< 246 / 911 >

この作品をシェア

pagetop