冬うらら~猫と起爆スイッチ~
□55
 一体、何があったんだ。

 カイトは、キツネに頬をつねられたまま、しかしベッドから飛び降りた。

 急がないと、何もかもがやっぱり夢で、また自分が目を覚ましてしまいそうだったからだ。

 聞き間違いでなければ、彼女は朝御飯の支度をしたと言った。

 だから、カイトに食べに降りてこいと。

 一体、どういうことなのか。

 そんなことをしろと言った覚えも、すると聞いた覚えもない。
 寝耳に水とは、まさしくこのことだ。

 とにかく。

 カイトは、頭パニックのままだったが、急いで着替えて真相を確認しようとした。

 顔も洗わずにクローゼットを開けると、放り投げるように着替え出す。

 もう彼女は同室ではないのだから、脱衣所まで行く必要もなかった。
 脱いだものは、そのまま床に捨てて行く。

 シャツをスラックスの中に突っ込みながら、下からボタンをとめていく。
 途中でまどろっこしくなって、ボタン作業をやめた。

 ベルトをしめて、とにかくネクタイを襟の間にはさもうとした時――気づいた。

 自分が、また背広を着ようとしていたことに。

 シュウは、今日の予定を伝えてこなかった。

 伝えそこねるようなヘマはしない男なので、カイトは今日も開発室に入ることが出来るということだ。

 なのに、また背広を着ようとしていたのである。

「……」

 無言で、彼は葛藤した。

 どうして、自分が背広を着たがるのか、はっきりと気づいてしまっていた。

 いや、それについては、最初から分かっていたのだ。

 しかし、認めたくなかった。

 自分が、そういうムシズの走るようなことを考えていたという事実から、目をそらしたかったのである。

 そうして、ムシズが走った。

 自分の考えを、はっきり頭の中で言葉にしてしまったのだ。

 予定通りの状態に、顔は歪むばかりだ。

 クソッ!

 ネクタイをむしり取って、床に叩きつけたい衝動にかられたが――出来なかった。

 心の中で、メイの少し恥ずかしそうな笑顔が頭をよぎったのだ。

 勿論、それは記憶の笑顔だった。

 モノホンは、いま一階のダイニングの辺りにいるハズである。
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