冬うらら~猫と起爆スイッチ~

「あ…すみません。明日はもっと早く用意します」

 彼女の内部タイマーは、アナログのようだ。
 ひどく沈んだ表情で、カイトにわびる。

「あやまんな! 謝るくれーなら、最初から作んな!」

 ギャーン!!!

 吠えるカイトの声に、シュウの眼鏡もずれた。

「あ…」

 彼女は、その怒鳴りにショックを受けた表情だ。

 自分のしたことを、根本から否定された気分のようだ。
 かなり、感情に振り回されやすい性格だった。

「クソッ! そうじゃっ…何見てんだ! とっとと会社にでも何でも行きやがれ!!」

 暴れ出しそうな勢いで何かをまくしたて始めたカイトが、いきなりがっと振り返ってシュウに怒鳴りつける。

 これは、おそらく八つ当たりというものだろう。

「しかし…車は一台は車検中ですから、私が行ってしまうと、交通手段がなくなるでしょう」

 どうやって出社する気なのか。

「オレが乗れるのがもう一台あんだろ! 遅刻もしねー! これで満足だろ! 出てけ!!」

 怒鳴る怒鳴る。

 シュウは、また眼鏡を直さなければならなかった。

 しかし、これだけ感情的になっていても、判断力は欠けていないようである。

 彼を理論でねじ伏せたのだ。

 断る理由はない。

「はい…では、先に行きます」

 シュウは、ためらわなかった。

 カツカツと、靴を鳴らしながらダイニングを出たのである。

 今回は、いつもよりももう少し彼女を観察は出来たのだ。

 だが、とてもじゃないが、カイトにとって大きな価値を見いだすことはできなかった。


 だが、シュウは――ひどい勘違いをしていた。

 カイトは、有能な秘書が欲しいわけではなく、恋に突き落とされているのである。


 全身をめぐるオイルに、そのカオス理論が組み込まれるには、まだかなりの時間が必要だった。
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