冬うらら~猫と起爆スイッチ~
□
彼は無精して、いくつかのボタンをとめていなかったのである。
確かに、一番上までボタンを止めなければ、ネクタイを締めることはできない。
しかし、緊張しているような指先の動きが、カイトを生殺しにした。
爪の先が素肌をふっと掠める。
ざぁっとうなじの毛が逆立ちそうな感触を、息を殺して耐える。
一番上の、首の詰まったところのボタンが、一番難儀だった。
どうあっても、彼の素肌の喉元に指が触れるのである。
全神経と血が、全てそこに集まってくるかのように思えた。
ようやくボタンが全部とまってしまう。
指が一度、彼から逃げた。
ほぉっと安堵したのもつかの間。
今度は、ネクタイを締められるのである。
またも、緊張の時間が流れた。
「あの…」
ネクタイをつつがなく締め終わった後――すぐ側から、茶色の目が見上げてきた。
いま、危なかった。
衝動的に、彼女を抱きしめてしまいそうだったのだ。
本当に何の予備動作もなく無意識に。
自分の腕の動きに我に返って、ぐっと押しとどめる。
こんな残酷すぎる近い距離にいながら、彼らは本当にただの他人なのだ。
「明日は…もうちょっとはやく用意しますから…」
だから。
メイが、ぽつりと言った。
また朝食の話に戻ったのである。
彼女はこう言いたいのだ。
『だから、作るななんて言わないで下さい』、と。
誰も作んななんて、言ってねーだろ!
心の中では怒鳴れるくせに、カイトは声に出来なかった。
彼女を見ていられなくて、思い切り横を向いて。
「……この時間に出る」
それだけ絞り出すと、彼女の反応など見ずにその部屋を出た。
早足で大股で、まるで、逃げるように。
彼女の側は――宣言を揺るがすような危険がいっぱいだったのだ。
彼は無精して、いくつかのボタンをとめていなかったのである。
確かに、一番上までボタンを止めなければ、ネクタイを締めることはできない。
しかし、緊張しているような指先の動きが、カイトを生殺しにした。
爪の先が素肌をふっと掠める。
ざぁっとうなじの毛が逆立ちそうな感触を、息を殺して耐える。
一番上の、首の詰まったところのボタンが、一番難儀だった。
どうあっても、彼の素肌の喉元に指が触れるのである。
全神経と血が、全てそこに集まってくるかのように思えた。
ようやくボタンが全部とまってしまう。
指が一度、彼から逃げた。
ほぉっと安堵したのもつかの間。
今度は、ネクタイを締められるのである。
またも、緊張の時間が流れた。
「あの…」
ネクタイをつつがなく締め終わった後――すぐ側から、茶色の目が見上げてきた。
いま、危なかった。
衝動的に、彼女を抱きしめてしまいそうだったのだ。
本当に何の予備動作もなく無意識に。
自分の腕の動きに我に返って、ぐっと押しとどめる。
こんな残酷すぎる近い距離にいながら、彼らは本当にただの他人なのだ。
「明日は…もうちょっとはやく用意しますから…」
だから。
メイが、ぽつりと言った。
また朝食の話に戻ったのである。
彼女はこう言いたいのだ。
『だから、作るななんて言わないで下さい』、と。
誰も作んななんて、言ってねーだろ!
心の中では怒鳴れるくせに、カイトは声に出来なかった。
彼女を見ていられなくて、思い切り横を向いて。
「……この時間に出る」
それだけ絞り出すと、彼女の反応など見ずにその部屋を出た。
早足で大股で、まるで、逃げるように。
彼女の側は――宣言を揺るがすような危険がいっぱいだったのだ。