冬うらら~猫と起爆スイッチ~
□60
 ブォンッ!

 背広のボタンなんか止めてなかった。
 カイトの後方で、バタバタとはためく上着の裾。

 私服のまま休日出勤する時などは乗っていくが、背広でバイクなどは初めてのことだった。

 しかし、背広のことを気にもしていなかった。
 それどころじゃなかったのだ。

 白い息で見つめる心配そうな目が、頭に焼き付いていた。

 何がそんなに心配なんだよ!

 カイトには分からない。けれども、あの目がかえって彼を心配にさせるのだ。

 今日は、本当にメチャクチャな朝だった。

 妙な夢を見ていたら、本当にメイがベッドの側にいて。
 驚いている間もなく、彼女は朝食の準備をしたと告げ、それから大慌てて下りていったら、本当に朝食だった。

 カイトの思考では、とうてい追いつかない――もしくは、まったく次元の違う世界に思考があるに違いない。

 そうでなければ、あんな彼の思いつきもしない不意打ちが出来るはずもなかった。

 いや、カイトにとっては、女の思考の行方など想像つくハズもなかった。

 ゲームを作っている会社だ。

 RPGだって作る。

 主人公の少年には、いつもどこかに少女がいると相場は決まっている。
 苦手なのは、その2人の絡みだ。

 いつもは、そういうのが好きな鳥肌もののドリーマー社員に押しつけて、彼はそのエピソードには関わらないで仕事をしてきた。

 ドリーマー社員が作るイベントシーンを見たことはある。
 女が主人公を泣いて止めたり、魔王にさらわれたのを助けに飛び込んできたり。

 でも、胸がジンと来たことはなかった。

 彼を泣かすほどの恋愛クリエーターは会社にはいなかったが、胸を熱くさせる女は、いま家にいるのである。

 見上げてくる目。

 あの瞬間、かき抱きたい衝動が跳ね上がって、カイトを振り回した。

 抱きしめたら――こんなに胸は痛まねぇのかよ!

 しかし、それを試すことは出来ない。
 この気持ちを墓穴に放り込むまで、ずっと踏みつけていなければならないのだ。

 何で…んな目で。

 気をつけて、と。

 彼女はわざわざ玄関まで出てきて、そんな言葉を言いたかったのか。
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