冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 彼女に心を取られたままのカイトのバイクは、渋滞の車の横をすり抜けていく。

 バイザーごしの景色は、まだ白く冴え冴えとした朝を映していた。

 道半ばまで来た時。

 カイトは赤信号で止まらされた。

 ヘルメットの角度が微妙に気に入らないことに、そこでようやく気づいた彼は、ハンドルから片手を離そうとした。

 が。

 離れなかった。

 ん?

 カイトは眉を顰めて手を見る。
 自分の手だ。間違いない。

 しかし、手はハンドルに縛りつけられたようになっていた。
 自分の思い通りに動かないのだ。

 何だ?

 思った瞬間。

 カイトは、全身が冷凍室にブチ込まれていることに気づいたのだ。

 冬の朝のバイクである。

 おまけに、彼はただの背広姿なのだ。
 そう、ただの背広だけしか着ていなかったのを、今になってようやく気づいたのである。

 手袋もない。

 これが、手が言うことをきかない大原因だ。

 かじかんで、硬直している。

 ブレーキだってキンキンに冷えていた。それにかけている指も、やっぱりガチガチだった。

 信号が青になった。

 クソッ。

 こんな当たり前のことすら、カイトはすっ飛ばしてしまったのだ。

 冬のバイク通勤なら、それらしい格好が必要だったのに。
 手袋も上着も、何でも持っているのに。

 あの時は、本当にメイに対しての宣言が、揺らいでしまいそうだった。だから、慌てていたのだ。

 心が忙しかったせいで、この寒さに気づかなかった。

 こんなところにたどりつくまで、本当に全然寒さなんか感じていなかったのである。

 動け、バカ野郎!

 気づいたが最後、冷凍庫の身体はなかなか言うことをきいてくれなくない。

 肘から動かしてアクセルを開くと、ようやく彼は走り出した。
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