冬うらら~猫と起爆スイッチ~

「おや、珍しい…」

 守衛が、バイクで入ってきた彼を見てそう言った。

 いや、言ったワケではない。
 カイトは聞こえなかった。バイクの音のせいだ。

 しかし、守衛が驚いた顔でそんな風に口を動かしたのは見えたのである。

 確かに珍しいことだろう。

 カイトがバイクで、しかも背広で入ってきたのだ。

 こんな例外は、一度もなかった。

 それを無視して、端の駐輪場に突っ込んだ。

 ドルッドルッと身体の下で、バイクはアイドリングを続ける。
 しかし、すぐにエンジンは切れなかった。

 手が言うことを効かないのが、今なお続いているのだ。

 クソッ。

 カイトは、その忌々しさに唸った。

 まだ遅刻ではない。
 間に合ってはいる。

 しかし、それは遅刻じゃない時間まで余裕がある、ということではなかった。

 彼は、ようやく右手をハンドルからひきはがして、こわばった指先でキーを回す。

 シュルン。

 最後の回転を残して、ようやくエンジンが止まった。

 顔の中だけが、フルフェイスのヘルメットのせいで温度がある。

 しかし、それは何の役にも立たない熱だ。

 顔は、身体を制御するものが入っているけれども、指先に代わることはできないのだから。

 次はヘルメットで。

 これが、一番難儀だった。
 外せないのだ。

 指先が、無防備な首に当たって冷たいだけである。

 腹立たしく思ったカイトは、そのまま首に手を押しつけた。
 むきだしであったとしても、何故か首だけは温かいのだ。

 背筋を、ぞくっとした冷たいものが走る。

 しかし、その犠牲のおかげで、少しは指先に温度が戻ってきて。

 はぁ、と一つ息をついた。
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