冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 少しだけ動くようになった指で、ヘルメットをはずした時には、既にかなり危険な時間になっていた。

 これで遅刻でもしようものなら、シュウにどんな目で見られるか分かったものではなかった。
 それが、一番腹立たしいことである。

 バイクを降りてスタンドをかけ、ハンドルにヘルメットをひっかけると、カイトはビルの中に飛び込んだ。

 エレベーターを呼ぶが、なかなか地下まで下りてこない。

 苛立ちすぎて、階段を使おうとしたくらいだ。

 ようやく開いたエレベーターに乗り込む。
 あとは、一番上のボタンと「閉」を押したら一丁上がりだ。

 ようやくカイトは落ちつくことが出来た――が、そうでもなかった。
 エレベーターは1階に止まり、また新たな社員を飲み込んだのである。

 4人ほどの社員が乗り込もうとして、ぎょっとする。
 中に社長がいたからである。しかも、ただの社長ではない。

 背広姿の社長だ。

 こういう日の社長の機嫌の悪さは、誰でも知っているのである。

 みんな彼とは目を合わせないように、遠慮がちに「おはようございます」と小さな挨拶をした。

 ムカムカ!

 そうなのだ、自分は背広なのだ。

 その事実は、メイの前にいるときは何とも思わないけれども、こうやってそれ以外の前に来た瞬間に、物凄い苛立ちに変換される。

 ハッ!

 その怒りが吹っ飛ぶような事実に、カイトは、たった今気づいた。
 自分は、ネクタイを綺麗に結んだままだったのである。

 一人の女性社員の視線が、ちらりとそれに注がれたのが分かったせいだ。

 クソッ!

 カイトとしたことが、大失態である。
 がっと指を突っ込んで大きく緩めた。

 メイに結んでもらったネクタイを、ここまでずっと見せびらかして来たのだ。

 クソッ、クソッ…!!

 おまけに指もまだ完全ではなく、ネクタイを楽に解かせてくれなかった。

 しかも、ここはエレベーターで。他の社員も乗っている。
 ネクタイを解くのに、悪戦苦闘するワケにもいかなかった。

 結局だらしないな結び目になって、彼の首にぶらさがることになったのだった。

 おかげで、いつにも増して不機嫌な社長が出来上がったのである。
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