冬うらら~猫と起爆スイッチ~

「あの……」

 しかし、ここからはいつものメイになってしまう。

 ああ、何て呼び止め方を、と自己嫌悪に陥りながら。

「足んねーのか!」

 振り返りざま、カイトが目をむいて怒鳴った。

 違うんですと、彼女はうまく説明する自信がなくて、お札に近づいた。

 そうして、その山の一つの中から、1枚だけ抜いたのだ。

「これで…その…十分です」

 大切にお借りします、ありがとうございました。

 その一枚を胸に抱いて、ぺこっと頭を下げる。

「……?」

 それで全ては解決するハズだった。

 けれども、頭を上げたメイが見たものは、いまにも爆発しそうに顔をひん曲げているカイトの表情だった。

 奥歯を強く噛み合わせている顎の動きと、眉間の影。
 それと角度を強くした眉。

 間違いなく怒鳴られるハズだった。

 けれども、カイトはそのままダイニングを出て行ったのである。

 残りの札束を置きっぱなしで。

 う、ウソ!!!!

 メイは大慌てだ。

 こんなところに、大金と自分を置き去りにしていったのである。

 いくらカイトが金持ちとは言え、こういうことはきちんとしていなければならなかった。

 これは、自分が稼いだお金ではないのだから。

 札を抱えて追いかけようと廊下に出る。

 しかし、彼は振り返る様子もなく、すごい足取りで遠くに消えていく。

 階段にかかったのか、曲がった後背中が見えなくなる。

 とんでもない結末に、メイはとにかく追いかけた。

 これを返さないといけないのだ。
 ちゃんと安全なところに。

 お願い、待って!

 小走りになる。
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