冬うらら~猫と起爆スイッチ~
□71
 最初は、ホッとした。

 メイは、『出ていく』ということを言いたいがために、カイトを引き止めたのではなかったからだ。

 けれども、彼女が頭を下げた瞬間、安堵は苛立ちに変わった。

 お金を借りるために頭を下げる姿なんか、見たくなかったのだ。

 それだけが、どうにも耐えられなかった。

 とにかく、イヤだった。
 絶対にイヤだったのだ。

 これから、何かある度にメイが彼に頭を下げてくるかと思うと―― だから、机の引き出しの中に突っ込んでいた、手元に置いているお金を全部掴んだのである。

 彼女が、そうやってお願いとか感謝とか、そんなイヤなものを覚えてくれるたびに、厚い壁を感じさせられた。

 いたくもない高い位置に座らされて、欲しくもない『素晴らしい人』というレッテルを貼り付けられている気がしてしょうがなかった。

 そうじゃねぇ!

 何で、忘れねーんだ!

 無茶なことばかりを、カイトは要求する。
 けれども、いまそれを一番に望んでいた。

 あんなコトは―― 彼女が働いていた店とか、どうやって連れてきたかとか、そういうものは、全部ナシにしてしまいたかった。

 普通に。

 そう、カイトは普通に彼女と出会いたかったのである。

 もしかしたら、普通に出会えばメイに心を奪われなかったかもしれない。

 いや、奪われたに違いない。

 そうなったら、きっと思いを伝えようとイライラしたりジリジリしたりするのは、最初から決まっていることで。

 でも。

 いまのとは違うのだ。
 いまのように、鎖でがんじがらめにだけはなっていないはずである。

 だが、過去がねじまがることはなかった。

 メイが、記憶喪失なんていう都合のいい事故にでもあわない限り。

 三百万。

 とりあえずこれだけあれば、しばらくは誰にも頭を下げることなんかないだろうと、そう短絡的に思ったのだ。

 しかし、カイトはかなりムカムカしていた。
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