冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 湯も出ねーのかよ。

 道理で。

 カイトは思い出した。

 最初、メイがシャツのシミヌキをして戻って来た時―― 指が、物凄く冷たかった。

 ハラが立つ温度だ。

 こんなに冷たい水を扱えば、あんな冷たさになるのも当たり前である。
 洗い終わって、そこらに皿を置いた時にはもう、カイトの指はジンジンしていた。

 いつも、こんな冷たい思いをしていたのだ。

 すんな!

 また、その言葉が胸をよぎる。

 んなことすんな!

 けれどもそれを言うと、とても困った顔をするのは、最初から分かっていた。

 簡単にその顔を、右脳に再現出来るのだ。

 きっと隠れてでも洗うに決まっているである。

 メイは、ちっともカイトの言うことなど聞かないのだ。

 はがゆい。

 まさしく、その言葉が胸を逆巻いてしまう。

 クソッ。

 冷たい手を持ったまま、カイトはもう一回そう唸った。

 キーボードを円滑に入力できるようになるまで、少し時間が必要だった。
 それで、ついでにバイク通勤の初日を思い出してしまって、またムカつく。

 あの時も、指がしばらく言うことを聞かなかった。

 指も記憶も、メイも。

 何も思い通りにできない自分のはがゆさに、カイトはその鬱憤をパソコンにぶつけたのだった。

 いま見てみれば―― ところどころ、意味不明の命令を入力しているのが分かる。

 ムスッとしたまま、パソコンの画面を眺めた。

 これでは、絶対にコンパイルした時にエラー続出だろう。

 昨夜、自分の頭がかなりおかしかったことの証拠を見せられた気分で、カイトはそのファイルを閉じた。

 保存もせずに。

 おかげで、改造は全てパアだ。

 また一からやり直しである。

 クソッ。

 口の中のカレー味を感じる度に、またカイトの中でイライラのゲージが上がっていくのだ。

 かなりよろしくない心理状態だった。
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