冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 この味をなくしてしまおうと、立ち上がった彼は洗面所に向かう。

 歯ブラシを口に突っ込んだまま、部屋に戻ってくる。

 洗面所の方が寒いのだ。

 その時、庭の方が騒がしくなった。

 落ち着かない犬の吠え声が、何度も何度も繰り返されるのである。

 カイトは――犬が嫌いだ。
 特に吠える犬など、大嫌いである。

 おまけに、小型犬特有の金切り声のような吠え方だ。
 カイトの神経に突き刺さる。

 きっと、どこからか庭に迷い込んだのだろう。

 犬嫌いの彼のところに来るなど、いい度胸である。

 イライラしていたカイトは、ガシガシと歯を磨きながら、窓辺に立った。
 外は寒いだろうに、まったくもってこたえている様子のない小さな犬。

 そいつが、庭を飛び跳ねながら吠えていた。

 ノーテンキそのものな様子だ。

 寒さも省みずに、窓を開けた。

 一発怒鳴って追い払おうと思ったのだ。

 しかし、内心で舌打ちする。

 いま歯ブラシをくわえていたことを思い出したのだ。

 歯ブラシを取ったとしても、口の中は泡立っているのである。

 どうすべきか迷った一瞬、空白時間があった。

「しーっ! お願い、静かにしてー」

 だから、下の方からの小さな声を聞くことが出来たのだ。

 ドキッとした。

 その声は、間違いなくメイのものだったのである。

「お願い…ご飯の残りをあげるから…ね?」

 彼女の姿は見えない。

 一階のどこかの部屋の窓を開けてか、もしくは調理場の勝手口の辺りにいるのだろう。

 犬は、ちぎれんばかりにシッポを振って、声の方へかけていく。

「お願いだから…静かにしてね。まだ眠ってる人がいるの…吠えないでね」

 なだめすかすような声だ。

 しばらくすると、再びカイトの視界に犬は現れたものの、もう吠えることはなくどこかへ消えてしまった。

 カイトは。

 歯ブラシをくわえたまま、立ちつくしていた。

 身体が一気に冷えていくことも気づかずに、ぼーっとそこにいた。

 また。

 一つ、胸に石が積まれたのが分かった。
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