冬うらら~猫と起爆スイッチ~

「うーん…」

 メイは、調理場の床と格闘していた。

 冷蔵庫の真ん前である。

 何かがこぼれてこびりついたのか、そこだけ薄汚れているのだ。

 前から気になってはいたのだが、今回ようやくそれに集中出来る。

 普通の雑巾ではダメで。

 洗剤をちょっとつけて、ごしごしとこする。
 そのまま、何度も何度もごしごしと。

「あ…ちょっと取れた」

 ぱっと顔を輝かせた。

 洗剤の通った後だけ、ほんの少し元の色を取り戻したのだ。
 どうやら、やり方としては間違っていないようである。

「よかった…」

 再び洗剤を雑巾につけながら、続きをやろうとした。

 視界に。

 何かが見えたりしなければ。

 あれ?

 メイは、それが一瞬何か分からなかった。

 視線を横に動かすと、わりとすぐ側にあった。

 黒い――靴。

 メイは視線を少しずつ上げた。

 靴には脚がついていて。脚の上には胴体がついていて。胴体の上には。

 その瞬間、メイは硬直した。

 そこにカイトがいたのである。自分を見下ろしている角度の彼が。

 しまった。

 床磨きに夢中になっていたメイは、周囲の音をよく聞いていなかったのである。

 だから、彼が階段を降りてきたり、廊下を歩いたり、ここまで来る間に気づかなかったのだ。

 ど、どうしよう。

 ゼンマイが動き始め、硬直からパニックになったメイは、けれども、彼が怒らないかもしれないという一抹の望みにつなぐことにしたのだ。

 とにかく、普通と同じように朝の挨拶を、と思ったのである。

 彼女は、慌てて立ち上がった。雑巾を握りしめたまま。
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