冬うらら~猫と起爆スイッチ~

「え…あ…だって、あんなにおいし…」

 怒鳴りに驚きながらも、しかし、その内容にはもっと驚いたらしい。

 チョコレート色の目が、彼の気持ちを探そうとするかのように視線を向けて、でも落ち着かなくさまよわせた。

「マズイっつってんだろ!」

 最後まで言わせなかった。

 間髪入れずに、次の怒鳴りを入れたのだ。

 荒れた息に、カイトは肩を上下させる。

 信号が赤になってよかった。

 ブレーキを踏んで。

 ようやく、少しだけ落ちつくことが出来た。

 それと―― 隣にゆっくり視線を投げることが出来たのだ。

 メイは、分からないという顔をしていた。

 意味も、どうしたらいいのかも。
 どっちも分からない顔だ。

 まだ分かんねーのかよ!

 彼は、まだ少しだけしか落ちついていないのだ。

 心の中には、泡を弾けさせるマグマが存在していて。

 そうは簡単に、全てが静まってしまうハズもなかった。

「でも…」

「明日は!」

 メイが、また言葉の抵抗をしようとするのが分かって、すぐに自分の言葉を後から追わせた。

 女の厄介な心とやらに、これ以上振り回されたくなかったのだ。

「明日は、昼には起きる!」

 カイトは前を向いた。

 まだ赤だ。

 横断歩道には、夜遊びの茶パツの群れが歩いていて、まとめてはね飛ばしたい衝動にかられる。

 点滅する歩行者用の信号。

 メイの視線を、左の頬に感じた。

 そして言った。

「昼メシは…ミソ汁だけでいい」

 信号が、青に変わる。

 渡りきっていない茶パツの群れの最後尾を掠めるように、カイトはアクセルを踏んだ。

 ついに――彼女が料理を作ることを、はっきりと言葉で容認してしまった。
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