冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 止めろ、お前も。

 汗をかきながら、カイトはハルコを睨んだ。

 このまま、夫婦の幸せなアナザー・ワールドに引きずり込まれかねないことを懸念したカイトは、それを断ち切るために、こめかみを指でひっかきながら言った。

「そんで…大事な用とやらは終わりか?」

 それなら、もう全部聞いたぞ。

 カイトは、大変に風情のない口調を作った。

「あぁっ! それじゃあ、もうここには来られないということですか?」

 しかし、向かいの2人がおめでとうも言わないカイトをたしなめる前に、隣のメイが不安そうな声をあげた。

 その声の先は―― ハルコだった。

 はっ。

 そこで、初めて思い出したのである。

 ハルコは友人であり、元秘書であり、そうしてカイトの家の家政婦でもあったのだ。

 妊娠したということで、どういう風に身体に負担がかかるかは、カイトの想像の及ばないところだ。

 しかし、大変なのだろうということくらいは理解出来る。

 家政婦をやめるということを、伝えに来たのか。

 もしそうだったら。

 カイトの頭の中で、グルグルと場面が展開していく。

 ハルコがこなくなったこの家にいるのは、自分とシュウと、そしてメイだったのだ。

 家庭内のことを出来るのは、メイだけになる。

 そうなると彼女の性格上、絶対に働くのだ。間違いなく働くのである。

 ハルコの分までと、いままで以上に頑張ることは目に見えていた。

 それは、かなりマズイ事態である。

 食事を作るのを容認するのとは、またワケが違うのである。

 メイを家政婦と同じ扱いにするということだ。

「そうなのよ…実は、それを相談しに…」

 ちらちらとカイトの方をみながら、ハルコは静かな口調で切り出す。

「やめるな!」

 しかし、その言葉が終わるより早くカイトは大声をかぶせた。

 やめられたらとんでもないことになることが、簡単にシミュレーションできたのだ。

 カイトは真剣だった。

 こんなにハルコの存在を必要だと思ったことは、生まれて初めてだろう。
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