冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 いつもなら、誰にも言われずに近づいてくるのだ。

 朝の儀式みたいになったネクタイを。

 なのに、メイは席に座ったままである。

 止まっているかのように思えて、時々思い出したように食事を続けていた。
 もしかしたら、カイトが立ち上がっていることに、気づいていないのかもしれない。

 だとしたら、相当ぼんやりしている。

 ここで、葛藤が生まれた。

 彼女に強制出来る立場ではないのだ。

 ネクタイは締めて欲しいと思っていても、それを言うことが出来ないのである。

 言えば、その行為を強制させていることになるからだ。
 彼女の好意で行われることでなければならなかったのだ。

 そうでないと、成立しないことなのだから。

 うぐぐぐぐ。

 カイトはジレンマに歯噛みした。

 そのまま突っ立っている自分が、マヌケに見えてしょうがない。

 言えるものならとっくに言っているし、あきらめられるものなら、もうとっくにそこのドアは出て行っているハズだった。

 どちらも出来ないから、こんなマヌケなザマなのである。

 くそっ。

 彼は、思い立って行動を起こした。

 自分で。

 そう―― 彼は、自分でネクタイを締めようとしたのだ。

 自分のしていることを、自分のプライドが気づかないように、一生懸命意識をそらしながら。

 自分で締めるというのなら、別に今でなくてもいいのだ。

 これまでのように、会社で必要最小限でいいはずなのに。

 それなら、何故いま結ぼうと努力をしているのか。

 その答えを、カイトは自分のプライドのために、絶対に目の前に出してはいけなかったのだ。

 言うことをきかないヘビを操るように、カイトは指先を使った。

 ネクタイを締める原理なんか簡単である。

 ただ、嫌いなものだけに、綺麗に結ぶなどという極める方向に進んでいるハズもなかった。

 やっつけ仕事で結ぼうとしたのである。

「…っ!」

 首の辺りを締めたり緩めたりするものだから、普通の時よりも呼吸が乱れる。

 無駄に息を止めたり、まとめて吐いたりするからだ。
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