冬うらら~猫と起爆スイッチ~

『ごめんなさい、今日はちょっと病院に行こうと思って』

 やはり来られないようで、ハルコがすまなさそうに言う。

「いえ、それは大丈夫ですけど…どうかされたんですか?」

 いきなり病院とか聞くと、ちょっと心配になってしまう。

 大事な身体なのに、いままで全然気づかずにいろんな仕事をさせていたのを思い出したのだ。

 初日に、メイのために大荷物を抱えてきてくれたのも忘れられない事件だ。彼女の洋服である。

 あれを抱えて階段を昇ってきたりしたのだ。

 自分のおなかに子供がいるかのように、彼女は心配してしまった。

『ああ、そうじゃないのよ…ちょっと風邪っぽいけど、いまは普通のお薬が飲めないでしょう? 早めに病院に相談をしようと思って』

「そうなんですか…いえ、こっちのことは大丈夫ですから、無理しないでゆっくり休んでください」

 大したことがないといいけど。

 心配を隠せないままだったが、メイはそう言葉にした。

『ありがとう…ああ、でもホントに残念だわ。昨日の話を聞きたかったのに』

 クスクス。

 電話の向こうで、彼女独特の笑みが漏れる。

 昨日。

 メイは、恥ずかしさにうつむいた。

 何だか、見えるところにハルコがいて、笑われているような気がしたのだ。

 ソウマ夫婦が訪ねてきた後、カイトが怒って出て行って、心配で心配でもうどうしたらいいか分からなくて涙が溢れてきて―― でも、彼は帰ってきてくれた。

 あの気持ちのせいだろうか。

 あんな夢を見てしまったのは。

『…でね…』

 はっと受話器の言葉に我に返る。

 昨日の記憶のせいで、聞くという仕事をおろそかにしていたのに気づいたのだ。

 慌てて声に意識を集中する。

『…あなたが家事をするのに、承諾したの?』

 最後の方だけではあったけれども、質問の意図を読みとることは出来た。

 メイは、困った表情になってしまった。

 結局、カイトが帰って来てくれたのでホッとして、そんな話はしなかったのである。
< 454 / 911 >

この作品をシェア

pagetop