冬うらら~猫と起爆スイッチ~
□100
 日曜日のチョンボがあったせいで、ますますカイトは残業できない身体になってしまった。

 おまけに、今朝のメイの態度も意識に残ったまま。

 だが、そういう日に限って定時に帰れないのである。

 原因は、カイト自身にあった。

 今日中に片づけておいてくださいとシュウに言われた書類をけっ飛ばして、開発室にこもってしまったせいだ。

 原因をたどればアオイ教授のせいなのだが、そんな理屈があの副社長に通じるはずもなかった。

 ついつい開発に熱中してしまったのが、一番の敗因でもある。

 カイトは、社長室の書類の山をめくりながら、ケイタイを取った。

 …クソッ。

 自分らしくないのは百も承知だ。

 けれども、もうあんな顔は見たくないのである。

 針山になるのは、死んで地獄に堕ちてからだって遅くはないのだ。

 かけ慣れない番号を押す。

 思えば家に電話をかけることなど、ないに等しかった。
 だから、番号を押すのに違和感を感じるのである。

『はい、もしもし』

 しばらくコールがあった後、電話は取られた。

 分かっていながらも、ドキッとしてしまう。
 耳元から、彼女の声が聞こえてくるのだ。

 メイの声が。

『…もしもし?』

 カイトは、それに魂を持っていかれかけていた。

 だから、しゃべるのを忘れていたのだ。
 彼女の問いかけが怪訝になる。

「…オレだ」

 慌てて出した声は、不機嫌な音だった。

 いま、わざわざ電話をかけている自分が気に入らないのだ。

『あ……はい』

 電話の向こうもそれで気づいたのか、ほっとしたような、それでいて落ち着かないような声で応対した。

 彼女も、電話のカイトに慣れていないのだろう。

「今日は…遅くなる」

 ぼそっ、ぼそぼそっ。

 誰が聞いているワケではないのだが、どうにもこういう言葉を言うことに慣れていなかった。

 口が、彼に反抗しようとする。
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