冬うらら~猫と起爆スイッチ~

『そうですか…あっ、何時くらいになりそうです?』

 一瞬、電話の声が暗く沈んだ。

 しかし、すぐに気を取り直したかのように声が投げられる。

 カイトは、机の上の書類をぱらっと指先でめくった。

 まだ、結構な量である。

 彼がデスクワークを嫌いだということを何度も主張するものだから、シュウが毎日少しずつではなく、急ぎのもの以外はまとめて10日に一度くらいに処理するようにしているせいだ。

 それには、カイトの意見も入っているので、今更不満を言うワケにもいかなかった。

「遅くなる…先に食べて寝てろ」

 最後の方の言葉に、少し力を込めた。

 言わなければ、ご飯も食べずに起きて待っているような気がしたからだ。

 そんなことされた日には、彼は本当にまったく残業なんか出来ない身体に成り下がってしまうのである。

 書類日は、大した残業ではない。

 しかし、ゲームの納期近くはこんなものじゃないのだ。
 それを考えると、そんな厄介な身体になるワケにはいかない。

 既に、もう重傷に近かったが。

『あ…はい、分かりました…気をつけてくださいね』

 何に気をつけろと言っているのか、カイトは分からなかった。

 短く「ああ」とだけ答えて電話を切った。

 体調のことを言うのならば、最近の生活の方が、健全過ぎておかしくなりそうなくらいだった。

 食事もキチンと取る。かなり早く寝ているし。

 要するに、信じられない品行方正ぶりである。

 車に気をつけて、と言われる年齢はもう通り越したはずだった。

 何について気をつけろと言うのか。

 カイトは、ケイタイを持ったまま考え込んでしまった。

 多分、彼女はそんなに深い意味で言ったのではないのだろう。

 無意識に生まれたような言葉。

 まるで、家族が遅くなる時に反射的に出てしまう、そんな他愛ない――

 家族。

 ぼんっ、とカイトの頭は爆発した。


 何、考えてんだ…オレぁ。


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