冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 シュウの手前、ムキになって全部書類を処理したカイトは、やっと開発室の虫になれた。

 あの具合の悪くなるような、ストレスのたまる仕事から解放されたのだ。

 キーボードの指も、いつも以上に勢いがいい。

「社長、電話回ってきてますよ」

 そう声をかけられるまで。

「電話?」

 眉を顰める。

 開発室にいても、電話から逃げることは出来ない。
 シュウや秘書でクリアできない電話は、こうやって回されてくるのである。

 コードレスを取ると、秘書が『M大の教授からですが』と告げた。

 次の瞬間には、もうカイトは「切」ボタンを押していた。

 「切れ」とも「つなぐな」とも、コメント一切ナシである。

 どうにも見合い話とやらを、持ってきたくてしょうがないようだ。

 あの迷惑な教授は。

 カイトに直接ではダメだったので、シュウという外堀から攻めてきたようだが、そんな外堀を埋めたくらいでは、彼が陥落するはずもない。

 フン。

 すっかり気分を害した指の動きで、カイトはタバコとキーボードを扱った。

 もう電話は回ってこなかった。

 秘書もだいぶカイトのことは分かってきたようで、あれで取る気がないということが伝わったのだろう。

 会議中とか出かけているとかのウソをついて、当たり障りなく断ったに違いない。

 ただし、あの秘書の性格を考えると、カイトへの不満は余計につのらせているだろうが。

 次は、シュウが開発室にやってきた。

 それだけで不思議な現象である。

 あの男が、この部屋に近づくことはほとんどなかったのだ。

 オタクの巣窟である。

 デスクの上は、吸い殻の山や雑誌や書類の乱積み、紙は足元に何枚も落ちて、椅子に踏まれて破れている。

 仕事の能率などという言葉が、一行も存在しない空間だ。

 シュウが一番嫌いな場所らしい。

「また書類を破られてぇか」

 先手を取って、カイトは言った。

 ディスプレイから視線を逸らさず、キーボードを叩く指も止めなかったが。

 内容的には、不可能なものだった。ここに、大事な書類はない。

 少なくとも、シュウにとっては。
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