冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 バレているのは百も承知だ。

 しかし、そういう目で見られさえしなければ、言及されたりしなければ自分のプライドを騙していられると思ったのだが、昨夜、ついに言われてしまった。

 流しに時計を忘れたりしたために。

 もう、あんないたたまれない気持ちはまっぴらだった。

 しかし、またあんな風に夕食だけが彼を待っていたら食べてしまいそうだったし、皿を洗ってしまいそうだった。

 そんな自分と、やたら高いプライドがせめぎ合う。

 複雑な葛藤を抱えたまま、カイトは帰り着いた。

「おかえりなさい」

 ドアを開けると、いきなりその言葉が投げられて―― びっくりした。

 昨日は、出迎えナシだったので忘れていたのだ。

「今日はロールキャベツにしたんですよ」

 もういつも通りのメイだった。

 今朝までは、やたら変則的なことが多すぎた。

 だから、彼の調子が狂っていたのだ。

 だが、本当は今の方が余程調子が狂っている。

 つい何週間前かでは、考えられない事態だ。

 やはりそれを見ないフリをしながら、彼女の後からダイニングに向かう。

 もう身体が、このサイクルに慣れつつあった。

 メイがいて、朝起こしてもらって、ネクタイを結んでもらって。

 いってらっしゃいという言葉や、おはようございますという言葉が溢れ返る空間。

 信じられない。

 そんなものを、カイトは手に入れてしまったのだ。

 いや、手に入れるというのとは、また少し違うか。
 けれども、何と表現したらいいか分からなかった。

 夕食の席について、温かいご飯。

 ロールキャベツなんて献立を食べるのは何年ぶりか。

 それどころか、食べたことの記憶すら怪しい。

 そんな食事ばかりが、毎日目の前にいつも並ぶのだ。

 静かだけれども、穏やかな時間。

 そんなものが、カイトの周りを取り巻き始めていた。
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