冬うらら~猫と起爆スイッチ~
□2
 ひとしきり爆笑してから、彼女を見た。

 水差しを持ったままの彼女は、もう震えてはいなかった。

 たくさんの瞬きをしながら、キツネにつままれたような顔をしている。

 客が煙草をくわえたら、すぐさま自分が火をつけなければならない――そんな基本さえ、彼女にはないのだ。

「とりあえず……そいつを置け」

 また笑ってしまいそうな自分を押さえつつ、カイトはその無粋な水差しを奪ってテーブルに戻した。

 こんなに愉快な気分は、何カ月ぶりか。

 カイトはニヤける顔を落ちつかせながら、もう一度改めて彼女を見た。

 何も持たされていないことで、手のやり場を失っているらしく、空中に浮いたままだった。

 けれども、そんな愉快な彼女は――下着姿なのだ。

 カイトは笑いを止め、目を細めた。

 余りに不似合いに見えたのだ。

 それどころか、痛々しいくらいに。

 普通は男を喜ばせるハズのガーターベルトすら、カイトは、見てはいけないもののように思えた。

 スレていないどころの話ではなかった。

 酒の席で男にしなければならないことを、ホステスでなくても知っているようなことを、彼女は全然知らないのである。

 この店が、本当にどういう店か分かっているのか。

 じっと彼女を見ると、視線に気づいて我に返ったらしく、慌てたようにウィスキーの瓶を取った。

 何か握っていないと落ち着かないのか、まだ全部飲み終わっていないカイトのグラスに注ぎ始める。

「おめー……名前は?」

 ホステスに名前を聞いたのは、生まれて初めてだった。

 何しろ、いつも相手が勝手に名乗っていたし、別に知りたくもなかったからだ。

「え?」

 彼女が、ぱっと顔を上げる。

 すぐ側の、チョコレート色の目。

 カイトの胸が――音を立てた音を聞いた。

 卵の薄皮が破れるような音だ。
< 5 / 911 >

この作品をシェア

pagetop