冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 大体、シミュレーションのメイは、ここまで彼を追いつめたりはしなかった。

 こんなに、自分のプライドをねじ曲げて、折れている相手は他には誰もいない。

 それをきっと、彼女は分かっていないだろう。

 分かっているのは、昔からカイトを知っている忌々しい邪魔者たちである。

 あの連中ときたら、イチイチ気に障る発言や態度をかましてくれるのだ。

 ザブン、と風呂から上がる。

 ちんたら頭を洗ったりする気はなかった。

 彼女の言うように、身体はもうあったまったのだ。

 カイトの風呂上がりを、おとなしく待っている女がいる。
 一文の得にもならない、心配ということばかりが得意な女だ。

 しかし、その一文にもならない女とやらを、カイトは地上のどの人間よりも好きになってしまったのである。

 乱暴に身体を拭いて着替えると、彼は階下に向かった。

「あ…あったまりました?」

 さっきまでの心配はどこに行ったのか。

 入って来た彼ににっこり笑みを浮かべたメイは、そして、どう見ても身体を温めるような食事を用意していた。

 湯気をあげる野菜のスープみたいなものを、ミネスト何とかと言って彼女が説明したが、聞いたことがあるようなないような。

 そういえば、どこかのファーストフードで聞いたことがあるような名前か。

 後は野菜炒めと―― 珍しくパンだった。

 思わずそのバターロールを眺めてしまう。

 メイが料理を担当するようになってから、初めてではないだろうか。

 まあ、そんなに気にすることはないか、とカイトがパンをちぎりかけた時。

「すみません…お米切らしてしまって。今日、雨だったので…あの、明日にでも買って来ますね」

 自分のヘマを恥ずかしそうに報告するメイだが、そんなものはヘマの内に入らなかった。

 米でもパンでも、どっちでも構わないのだ。

 ただ、最近は舌が米に慣らされてしまっていただけである。

 パンをむしって口の中に放り込み、熱いスープで流し込みながら、しかし、カイトの脳裏に引っかかるものがあった。

 それなら、このパンはどこから現れたのかと考えてしまったのだ。
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