冬うらら~猫と起爆スイッチ~
●110
 ダイニングに置いてけぼりにされたメイは、しばらくポカンとしていた。

 また、新たなカイト語にぶつかってしまったのだ。

 言った本人は、あっさりと消えてしまったけれども、耳に残った言葉だけがリフレインする。

『米くれぇ…買ってきてやる』

 聞き間違いでなければ、彼はそう言った。

 何故、ああもお米にこだわって嫌がったのか、最初メイは分からなかった。

 もしかしたらお米が嫌いなのかしらという、全然違う方面に答えがたどりつきそうになったほどだ。

 けれども、カイトは彼女が米を買いに行くという事実が嫌だったようで。

 あの忙しい彼に、お米まで買いに行かせるなんて、そんな。

 それに引き替え、自分は家のことだけをしていればいいのだ。
 お米を買いに行く時間くらい、いつでも探せるのである。

 今度から、こんなうっかりはなくさなければならない。

 でなければ、カイトの手を煩わせるだけだ。

 黙って、一人で何でも出来るようにならなければ。

 幸い、今日ハルコがこっそり生活費の通帳を渡してくれた。
 いちいち、彼女に断らずに買い物が出来るように、だ。

 ハルコは、不定期にしか来れなくなるということなので、本当にありがたかった。

 しかし、その件をカイトには報告は出来ない。

 もしも、気に入らなくて怒ってしまったら、食事のための買い物なんかが自由に出来なくなってしまうのだ。

 後かたづけも終わって、部屋に戻って。

 お風呂に入っても、髪をタオルで乾かしても、そういうことばっかりメイは考えていた。

 でも、やっぱり。

 お米くらいは、自分で買いに行かなきゃ。

 そうして、ついにメイは結論に達した。

 ブラシを置いて、カーディガンを羽織ると部屋を出る。

 カイトに告げようと思ったのだ。

 それくらいは大したことじゃないのだと、ちゃんと説明しようと。

 しかし、いざ彼の部屋のドアの前に来てノックをしようと思うと、勇気がでない。

 そんなことのためだけに、カイトの邪魔をするのもはばかられると思ったのだ。
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