冬うらら~猫と起爆スイッチ~
□113
 今日は、珍しくカイトにとって腹の立つことも起きなかった。

 すっかりアオイ教授もなりをひそめ、シュウも諦めたようで、あの話題を持ち出してくることはなかった。

 家に帰ると、メイが「おかえりなさい」を言ってくれる。

 夕食を取る。

 部屋に戻って一息つく。

 静かで幸せな時間だ。

 本当ならここで風呂にでも入るのだが、いまの彼はその行動が起こせなかった。

 昨日のお茶事件が、尾を引いているのである。

 メイが、何の予告もナシにお茶を持ってきたのだ。大した話もなかったのに。

 ということは。

 今日もお茶を持ってくる可能性があった。

 もしも、その時に風呂に入っていてノックの音が聞こえなかったりしたら、そのまま帰られてしまうような気がしたのだ。

 昨日だけ、たまたまお茶を持ってきたということだってありえる。

 そのどちらか判別つかずに―― しかし、風呂に入れないままだった。

 結果、部屋の中をウロウロしている自分に気づいてムッとする。

 何やってんだ!

 自分を罵倒して、机の前に座る。

 彼のこういう落ち着かない気分を沈めてくれる鎮静剤が、そこにはあるのだ。

 電源を入れる。

 パソコンは、カイトににっこり笑うことはなかったが、青空の中で窓が飛んで歓迎してくれた。

 全然、嬉しくはなかったけれども。

 こうやって、何気なくパソコンを使っていればいいのである。

 そうすれば、彼女が来たとしても何の違和感もなく迎え入れられるのだ。

 しかし、どうしても集中できない。

 背中の方にばかり意識が行ってしまって、何度も顔を顰めては、ディスプレイの方に戻そうとした。

 だが、一向にメイが来る様子はない。

 9時半を回ったが、気配すらないのである。

 やっぱり、昨日のあれは一過性のものだったのかもしれない。
< 523 / 911 >

この作品をシェア

pagetop