冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 まだ彼は、トレーナーに袖は通しているものの、頭はくぐらせていなかった。

 風呂や着替え中だと思われたら、メイは間が悪かったと判断して引き上げてしまうかもしれない。

 慌ててトレーナーに首を突っ込んだ。

 それから、近づいて行ってドアを開けた。

 片手でトレイを支えるようにしていたメイが、驚いた顔で見ている。

 入室の許可が、言葉であると思っていたのだろう。

『入れ』という言葉さえも、彼は言えなかったのである。

 思えば、彼女は昨日もトレイを持ってきていた。

 わざわざ、ノックをしたりドアを開けたりする時に、片手では大変だろう。

 そこまで考えたわけではなかったが、結果的には親切になってしまった。

 カイトは、逃げるように部屋に戻った。

 ドアは、開けっ放しで。

 パタン。

 ドアを閉ざすところまでは、頭は回らなかった。

 結局彼女は、また片手でトレイを支えたのだ。

 気のきかなさに歯がみをするが、彼女のためにドアを開けてドアを閉めるという行為なんかをしている自分を想像すると、やはりいい気持ちにはなれなかった。

 紳士だのレディー・ファーストだのという、かゆい言葉が乱舞するのだ。

 自分に『やめろよ!』と言い聞かせながら、カイトは立ち止まった。

 このままソファに座ってしまうと、彼女があのマグカップを「どうぞ」と、テーブルに置いてくれるのが予測できたからである。

 くるっと振り返ると、近づいてくるところで。

 無言で腕を伸ばして、カイトはコーヒーの方のカップを奪い取った。

 それから、奥の方のソファに座る。

 昨日と同じだ。

 メイも、恐縮しながらも向かいのソファに座って。

 そうして、静かで心地よいお茶の時間とやらが始まるのである。

 カイトは、手持ち無沙汰だった。

 実際は、マグカップを持っているので、手持ち無沙汰でいる必要などはない。
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