冬うらら~猫と起爆スイッチ~
□115
「ちゃんとネクタイを締めてください…」

 首からぶら下がるだけだったものについて、エレベーターの中で鋭い指摘が飛ぶ。

 今日は久しぶりのネクタイ仕事だった。

 しかし、それはカイトのご機嫌があまり麗しくないことを示す。

 人間はどうして、ネクタイなんて無駄で窮屈なものを発明して、未だに使い続けているのだろうか。

 こんな不要なものは、一番最初に淘汰されていてもおかしくないというのに。

 しかし、このネクタイが彼とメイを一瞬結んでくれることも、また確かなことだった。

 自分の指で、面倒くさそうにネクタイを結びながら、カイトは今朝のことを思い出してしまった。

いや、今朝だけではない。

 昨日の朝も、その前の朝も―― もう、何度彼女にネクタイを結んでもらっただろう。

 自分が締める時と同じやり方のように思えるのに、出来映えが全然違った。
 それどころか、締め心地も幸福度も何もかも違うのだ。

「毎日背広を着られているから、ネクタイも嫌いではなくなったのかと思いきや…」

 シュウは、勝手な推測でものを言ってくれる。

 カイトが背広を愛したことなど、生まれてこの方一度もなかった。

 鏡を見ても、お世辞にも似合っているとは思い難かった。
 シャツにジーンズの方が、余程似合っている。

 しかし、それでは社長という職業は勤まらない時があるのだ。

 彼が、ようやく適当にネクタイを結び終えると、エレベーターは目的の回に到着する。

 ぱっと目の前が開けた。

 ホテルに来ていた。

 ここで今日の会議は催されるのである。

 シュウの意向で、ソフトハウス関連の組合だか同盟だか、とにかくそういうものに入っていたのだ。

 その集まりだった。

 会社のためには、損にはならないでしょう。

 シュウは、本当に損をしないことについてはうまい。
 地道な利益を出していく仕事は、天職と言ってもいいくらいだった。

 勿論、その同盟とやらを最終的に承認したのはカイトだ。

 内容的には納得していたが、やはりこういう会議は嫌いだった。
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