冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 内容で、大きな問題はなかった。

 例の、新しいハードが販売されることについて、という情報が突出していたが、ゲームソフトを既に作る立場となっているカイトには、知っている内容ばかりだった。

 会議のための部屋を出るや、彼は指をぐいっと入れてネクタイを緩める。

 完全に外さないのは、まだ周囲に社長軍団がいるからだ。

 連中にナメられるのだけはご免だった。

 いまは、一緒に会議をして頑張りましょう、などと言っているが、結局はライバル社ばかりなのである。

 たとえいいゲームを作ったとしても、戦略を間違えればすぐにつぶされるのだ。

「春先のゲームの販売時期で、バッティングするライバル社がいくつかありますね」

 帰りの車の中で、シュウは憂慮すべき事態であるかのように話題を切り出す。

 カイトが、ネクタイをただのヒモにしてしまった後だった。

 そう、バッティングも問題があるのだ。

 いくら、子供連中が金を持っている時代で、大人もゲームをたしなむ時代だからと言っても、同日に複数のゲームが発売される場合、全部を買うことはない。

 ゲーマーという称号を自ら持っている人間以外は。

 より面白そうなゲームを買うのが普通だ。
 しかし、もっと手っ取り早く客を吸い取る方法があった。

「…販売日を調べ上げろ」

 後部座席のカイトは、面白くもない外を見ながら言った。

「そいつらよりも、販売日を一日でも早くすりゃあ、いいんだろうが」

 言うのは簡単だ。

 たかが一日だが、その一日は開発の方に大きな負担をかける。

 しかし、カイトは自ら開発の方に手を染めているのだ。
 出来ない、なんて言わせるはずがなかった。

「分かりました」

 シュウは満足そうだったが、カイトはそんなものには構っていなかった。

 頭は、ゲームのことにトランス入ってしまったのだから。

 だから。

「おかえりなさい…」

 と言われるまで、自分が家に帰ってきた意識はなかった。
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