冬うらら~猫と起爆スイッチ~
□117
 カイトは部屋に帰るや、まず着替えた。

 昨日の件が尾を引いているので、何度も長袖シャツの前と後ろを確認する。

 今日も。

 一つの大きな失敗をした。

 またも、彼女の目の前で、である。

 メイが一生懸命に作ったという、ハンバーグを台無しにしてしまったのだ。

 あの瞬間、心臓が縮んだ。

 おかずを落としたくらいで、心臓がつぶれんばかりの気持ちを味わったのは、これが初めてである。

 一口もつけることなく、床にべちゃっとはりついたハンバーグは、まるで彼女を冒涜したような気分にさせられて、罪の意識がいっせいに押し寄せてくる。

 けれど、メイはすべての後かたづけを終えた後、笑顔を浮かべてくれたのである。

 そして―― 半分のハンバーグ。

 カイトは、ハンバーグは食べる。

 嫌いじゃない。

 ジャンクフードをよく食べる彼には、ハンバーガーなどで馴染みのある料理もでもあった。

 しかし、あんなハンバーグを食べたのは初めてだった。

 食べるたびに胸が苦しくなった。

 一口食べるごとに、彼の心臓にまで詰め込まれていくかのように、ぎゅうぎゅうと胸を圧迫して。

 彼女は何度も「おいしいですよ」と言ったが、本当のところ味なんてカイトには分からなかった。

 味よりも、もっと別のものが溢れてしまったのだ。

 本当に、自分が彼女のことを好きなのだと、痛いほど自覚させられる瞬間。

 シャツに着替えて、あの食事の時の姿ではなくなったというのに、カイトはその気持ちまで脱ぎ捨てることは出来なかった。

 パソコンの電源を入れるが、頭はぼーっとしている。

 指も動かない。

 いつの間にか、スクリーンセーバーが動いて、画面の中を赤や黄色い線がうごめくが、目にも入っていなかった。

 たかが、ハンバーグである。

 あんな子供だましな料理で、カイトは魂まで持っていかれてしまったのだ。

 魂が戻ってきたのは、扉がノックされた時。

 そう―― お茶の時間になったのだ。
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