冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 バタン!

 すごい勢いでドアが閉められる。

 メイは、まばたきをした。

 あんなに早回しで生きている人とは、縁がなかったせいもあるが、その速度に頭がついていけなかったのだ。

 中で、騒々しく着替えをしているような音が聞こえる。

 彼女は、ただぼけっとそのドアを見ているしかないのだ。

 バタン!

 再び、ドアが開いて出てきたカイトは、さっきまでとまるで見違えていた。

 スラックスにシャツに背広に。

 シャツの襟が立っているのは、ネクタイを結んでいる途中だからか。

 器用そうな指なのに、ネクタイの先をあっちに回したりこっちに回したり――基本的に、はめ慣れていないようだ。

 すごく、面倒でイヤそうな顔をしている。

 あ。

 メイは、ぱっと顔を伏せた。

 いま、一瞬自分の頭によぎったことが信じられなかったのである。

 手伝ってあげたかったのだ。

 メイの父親は不器用で、ネクタイを自分で結ばせると、どうしても妙な形になってしまっていた。

 母親が早くからいなかったせいで、彼女がよく直してあげていた。

 しかし、それはすごく出過ぎたことだ。

 まだ、立場すら分かっていない自分の言うことじゃない。

 でも。

 ちらっと、盗み見る。

 チッと舌打ち一つして、カイトはネクタイを結ぶのをあきらめたようだった。

 首からぶら下げたまま、背広の上着のボタンも開けっ放しのまま、彼は部屋を出て行こうとしたのである。

 あ、待って!

 メイは、反射的に呼びかけようとした。

 これからの自分の処遇を、何も聞いていないからだ。

 しかし、その声を飲み込んだ。

 ドアに手をかけた時、彼の方が先に振り返ったからである。

「ここにいろ! いいな!」

 言葉は、確認じゃなかった。

 それはもう、命令である。

 彼女が何か考えるよりも、カイトの動きの方が相当早かった。

 風のようにドアの向こうに消えてしまった。

 ネクタイ……

 ぶら下げられたままのそれが、瞼に残って――メイは、自分の今後のことを考えるのが遅くなってしまった。
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