冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 同時に、あんなに器用そうな指なのに、と不思議にも思った。

 しかし、このままでは、本当に食事を楽しんでもらえないように感じて。

 メイは席を立った。

「おい…」

 いきなり、調理場の方に走った彼女に、怪訝な声が飛ぶ。

 メイは―― 箸を持って帰ってきた。

「あの…使いやすい方を、使ってください」

 そっと手元に置く。

 しかし、カイトはますます顔を歪めるのだ。どうにも嬉しくないらしい。

 このくらいも出来ないのだと、メイに思われたのが屈辱なのだろうか。

 彼は、意固地になったようにフォークを使い続ける。
 箸は無視されたままだった。

 ああ、そうじゃないのに…。

 また、うまく心を通じさせることが出来なかった自分に、彼女は歯がみした。

 おいしく楽しく食べて欲しいだけなのだ。
 食べにくいと、その事実だけでおいしさを逃してしまうだろう。

 ここは、レストランでも料亭でも何でもない。
 箸だろうが、フォークだろうが何を使おうと構わないのだ。

 じっと見ていると視線を感じてか、ますますフォークを使おうとする。
 皿とぶつかって、ガチガチと不協和音を立てた。

 慌てて視線をそらす。

 どうしよう。

 うまく、彼に箸を使ってもらう方法を、メイは一生懸命考えたけれども、うまい案が浮かばなかった。

 せめて、次のスパゲティから箸だけをテーブルに置いておくくらいしか、回避策はないだろう。

 その場合。

 多分、メイも箸でなければならないのだ。

 でなければ、カイトは、このラザニアもどきのせいで、自分だけ箸が置かれているのだと、更に屈辱を覚えたり、ムキになってフォークを使いかねなかった。

 ハルコならば、もっと上手に誘導することが出来るのだろう。


 けれども、まだまだメイは、その熟練した技に近づくには、時間が足りないようだった。
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