冬うらら~猫と起爆スイッチ~

「名前……?」

 彼女の赤すぎる唇が、それを繰り返す。

 カイトのすぐ側で。

 吸い込まれそうに、なった。

 カイトは、もっとその目をのぞき込みたくなったのだ。
 背中が、彼女の方に近づこうと傾く。

 あと3.7センチ。

「きゃあ!!!」

 しかし、風船は弾けた。

 彼女が悲鳴をあげたからだ。

 ビクッとカイトは身体を引いてしまった。
 自分の行動に悲鳴をあげられたと思ったのだ。

 しかし、そうではなかった。

「ああ……すみません!」

 彼女は、グラスにウィスキーの瓶を傾けたままだったのである。
 溢れだしているのに、いま気づいたのだ。

 慌てて、オシボリで拭き始める。

 見れば、カイトのズボンの裾にもかかっていて。
 床に膝をついて彼女が拭こうとする。

 ――!

 何故か、それが無性にイヤだった。

 彼女がそういうことをする姿を見たくなかったのだ。

「別に構わねーから……」

 カイトは、最初はそっけなく言った。

「でもでも……ああ、本当にすみません……」

 彼女はまだ床にいて。
 オロオロしながら拭こうとするのだ。


「すんな! っつってんだろ!」


 カイトは、彼女のむきだしの二の腕を掴むと怒鳴りながら引っ張り上げ、イスにどすんと座らせたのである。

 スプリングで、一瞬跳ねる黒い髪。

 オシボリを持ったまま、彼女はその席で硬直した。
 それもそうだ、カイトは怒鳴ってしまったのだから。

 チッ。

 どうにも、調子が狂っている自分に苛立つ。

「お客様……何かうちのホステスが粗相でも?」

 さっきの彼の怒鳴りに飛んできたウェイターが、めざとく惨状を確認する。

 溢れたグラス、テーブル。

「申し訳ありません、お客様! すぐに別のホステスを呼びますので!」

 そうして、硬直したままの彼女を連れて行こうとした。

 その手を――カイトは、叩いた。

「他はいらねー……こいつでいいんだ」

 うせろ。

 とまでは言わなかったが、カイトの目は、しっかりそれを伝えていた。
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