冬うらら~猫と起爆スイッチ~

「あっ、あの…私…」

 何とか連れ込まれるのを止めようとしたのだが、信じられない強い力に負けた。

 暖房の熱が、無理矢理彼女を暖めようとする。

「先生、お帰りなさい」

 入るなり、中にいるスタッフが、一斉に彼に向かって頭を下げるではないか。

 えええー???

 この場合の先生というのは、おそらく間違いなく、ここにある洋服のデザインとかをした人であるということだ。

 さっきの赤い服も。

 その制作者に似合わないと言われてしまったのである。

 ただのマヌカンに言われるのと、相当意味合いが違う。

「あの、私…買い物が…」

 もう全部終わっているのに、メイは抵抗しようとした。

 恥ずかしさは、さっきとは段違いである。

 買い物袋を持ったまま、こんなスタイリッシュな店に連れ込まれたのだ。

 スタッフは、先生とやらが連れてきた彼女を注目している。

 お客さんだって、何事かと思って見ている。

 そんなメイは、白菜にネギなのだ。

「買い物? あのまま、僕が声をかけなきゃ、30分は服の前から動きそうじゃなかったようだけどね」

 その無駄な時間をなくしてあげたんだから、感謝してもらってもいいくらいだよ。

 しかし、全然彼は聞いちゃいない。

 奥まで引っ張っていくと、彼女を姿見の前に立たせた。

 ようやく手が離される。

 自分が、いた。

 あの、お気に入りのヒツジワンピースに、その時一緒にハルコに買ってきてもらったジャケットを着ている自分だ。

 そして―― 手には買い物のビニール袋。

 やっぱり恥ずかしいどころの話ではない。

 本当に逃げようとした時、後ろから肩に手が乗せられた。

 真後ろに彼が立っている。

 逃げようとした気配を察したかのように、面白くなさそうな顔をしている。

「予算は?」

 鏡の中に、自分ともう一人がいる。

 そのもう一人の口が、そう聞いてきた。
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