冬うらら~猫と起爆スイッチ~

「え?」

 鏡に住んでいる人間の顔を見るのには慣れていない。

 メイは、顔を後ろに向けるようにしたが―― うっかり、反対側に振り返ってしまった。

 鏡の世界は、右左逆なのである。

「僕はね…本気のお客か、そうでないひやかしのお客か、見分けるのは得意なんだよ…だから、予算を聞いてるんだ」

 早く答えてよ。

 繊細そうに見えるのに、どうもカンシャク持ちの気配がする。

 カイトのように、がーっと火を吐いて怒るのではなく、もっと冷たく叩き出されそうな気配だ。

 二度と口をきいてくれなそうなタイプ。

 あっ、とメイはうつむいた。

 どうしよう、と思ったのだ。

 本当に買うかどうか、まだ全然決めていないのである。

 ついつい、見入ってしまったけれども、彼の言うように本気なのかどうか。

「僕が、勝手に決めていいのかい?」

 脅しのような声に、はっと顔を上げて。

「10ま…いえ、5万円くらいで…ああ、どうしよう。やっぱり、3万円までで…ええっと…」

 慌てて答えながら、でも、メイはすごく困ってしまった。

 相場が、分からない。

 あのお金の中の、どのくらいの金額を使うのが妥当なのか。どんどん気弱になっていく。

 鏡の中で、男と目が合う。

「君って…最初からそんな気がしてたけど…変だね」

 言葉を飾る様子もなく、はっきりとそう言われてしまった。
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